旭川いじめ事件における「少年事件」解説

旭川いじめ事件少年事件

文春が報じて広く知られるに至った、いわゆる「旭川いじめ事件」では、いじめを行ったとされている加害者たちには、未だに何らの刑事処分も下されていません。

女子中学生の尊い命が失われた事件でありながら、誰も刑罰を科されていないとはどういうことでしょうか?

この記事では、旭川いじめ事件で行われたとされる「いじめ行為」が犯罪に当たるのか?何故、刑事罰が与えられないのか?などについて解説します。

「旭川いじめ事件」の概要

まず、旭川いじめ事件における「いじめ行為」として報道されている内容を時系列で整理しておきます(※)。

※この記事に記載した事実関係は、文春オンラインの合計22本の記事を加筆・修正・再構成した書籍である「旭川女子中学生イジメ凍死事件・娘の遺体は凍っていた」(文春オンライン特集班著・文藝春秋社・2021年9月10日発行第1刷)に基づきます。

・2019年4月 被害者がY中学校に入学

・同年4月中旬ころ 同中学近くの公園でA子(3年生)、その友人B男、C男(別中学生徒)と知り合う。その後、A子らによるいじめが始まった模様。

・同年5月 母親に「ママ死にたい。もう全部嫌になっちゃって」ともらす。ゴールデンウィーク中、深夜4時にB男らにラインで呼び出され家を出ようとして母親に止められるが、「呼ばれているから行かなきゃ」とパニックを起こし、怯える。

・同年6月3日 C男が「裸の動画送って」、「写真でもいい」、「お願いお願い」、「(送らないと)ゴムなしでやるから」という自慰行為の写真等を送信するよう要求するLINEを送り、被害者はやむなく応じる。A子はC男に対し同写真を自分にも送るよう要求し、C男は転送。その後、同写真はグループLINEに拡散。

・同年6月15日 被害者はA子らに公園に呼び出され、A子、B男、C男、D子、E子及び小学生ら複数人に取り囲まれ、自慰行為をするよう要求される。隣接する小学校の多目的トイレに移動し、さらに自慰行為を強要され、被害者はやむなく従う。

・同年6月22日 A子、C男ら10人に囲まれ、「今までのことをまだ知らない人に話すから。画像をもっと全校生徒に流すから」と言われ、「やめて下さい」と願うと、「死ね」と言われる。「わかりました。じゃあ死ぬから画像を消して下さい」と答えると、「死ぬ気もねぇのに死ぬとか言うなよ」と煽られ、全員に煽られて、ウッペツ川へ飛び込む。救助され、病院に搬送後、精神的ショックから精神科に入院。

・同年8月下旬 被害者は退院するも、いじめによるPTSDを発症し、フラッシュバック症状から、「殺して」「死にたい」などと口走る。

・同年9月 自宅を引越し、別中学に転校したが、引きこもり、ほとんど通学できず。

・2021年2月13日 複数のネット上の友人に自殺をほのめかすLINEを送った後、家を出て行方不明となる。

・同年3月23日 近くの公園で凍った死体が発見される。検死による死因は低体温症。死亡日時は2月中旬と判定。

加害者少年たちの「いじめ」行為は犯罪ではないのか?

上のような行為が、成人によって行われれば、明らかに犯罪です。どのような犯罪に該当するのでしょう?

自慰行為の写真を送信させる行為

まずC男が、被害者に自慰行為の写真を自ら撮影させ、C男に送信させた行為は、強要罪(刑法223条1項)に該当します。

強要罪は、他人の生命・身体・自由・名誉・財産に害を加えると告げて脅迫したり、暴行したりすることで、他人に義務のないことを行わせる犯罪であり、法定刑は3年以下の懲役刑です。

C男は、「(送らないと)ゴムなしでやるから」と被害者の身体に害を加える旨を告げて、写真撮影と画像送信という義務なき行為を行わせているので強要罪です。

自慰行為の写真を保存する行為

C男が自慰行為の写真を送信させた行為は、いわゆる児童ポルノ禁止法(※)の児童ポルノ製造罪にも該当します(同法7条4項)。法定刑は3年以下の懲役又は300万円以下の罰金です。

※「児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」

18歳未満の被害者は「児童」であり、その「衣服の全部・一部をつけず、性器など性的な部位を露出・強調し、性欲を興奮・刺激する児童の姿態」を撮影した画像データーの記録媒体は「児童ポルノ」に該当します(同法2条3項)。自慰行為の写真は、これにあたるでしょう。

脅迫などによる心理的に抵抗できない状態に乗じ、このような児童ポルノにあたる姿態をとらせ、画像データーに記録させる行為は、被害者の行為を利用して、加害者自身が児童ポルノを「製造」したものと評価されるのです。

自慰行為の写真をA子に転送した行為

C男は、自慰行為の写真をA子に転送しています。これは、児童ポルノの提供罪(同法7条2項)に該当します。法定刑は3年以下の懲役又は300万円以下の罰金です。

C男、A子が自慰行為の写真を保存した行為

C男と、同人から写真の送信を受けたA子は、自慰行為の写真を自己のスマホに保存したでしょう。これは児童ポルノの画像データーを保管する行為であり、児童ポルノ保管罪に該当します(同法7条1項)。法定刑は1年以下の懲役又は100万円以下の罰金です。

自慰行為の写真を拡散した行為

誰が行ったかは特定できませんが、自慰行為の写真をグループLINEに拡散する行為は、児童ポルノを多数の者が見ることができるよう公開する行為であり、児童ポルノ公然陳列罪に該当します(同法7条6項)。法定刑は5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金、またはその両方の刑を科されます。

公園及びトイレで自慰行為を強要する行為

A子、B男、C男、D子、E子および小学生ら複数人が、被害者に自慰行為をするよう要求した行為は、詳細が不明ですが、それが暴行や脅迫によるものであったならば、前述の強要罪に該当します。

川に飛び込ませた行為

A子、C男ら10人が被害者をとり囲み、「今までのことをまだ知らない人に話すから。画像をもっと全校生徒に流すから」と言い、「やめて下さい」とお願いする被害者に対して、「死ね」と申し向けたうえ、「死ぬ気もねぇのに死ぬとか言うなよ」と煽った行為は、被害者に自殺をそそのかす行為であり、自殺教唆未遂罪に該当する可能性があります(刑法203条、202条)。法定刑は6月以上7年以下の懲役または禁錮刑です。

PTSDを発症させた行為

被害者がPTSD(※)を発症したのが、加害者らの一連のいじめ行為が原因である場合は、被害者の生理的機能を害する行為として、傷害罪に該当する可能性があります(刑法204条)。法定刑は15年以下の懲役又は50万円以下の罰金です。

※PTSD=心的外傷後ストレス障害

さて、これらは加害者が成人であったとした場合の説明です。加害者が未成年であり、14歳未満の者も含まれている本件では、そのまま妥当するわけではありません(この点については事項で説明します)。

また、これらの説明は、報道されている概要から、法律の理屈上、該当する可能性のある犯罪を挙げてみただけです。

実際に、このような犯罪に該当する行為が存在したのかどうかは読者には判断がつきませんし、報道されている内容は詳細がまったく不明で、この程度の報道内容は、とても、きちんとした法的な評価を加えられるレベルではないことに注意してください。

加害者少年・少女らは何故、厳重注意でとどまったか?

文春の報道によれば、川への飛び込み事件から数日後には、旭川中央署少年課が捜査を開始して、関与者全員に事情聴取を行ったものの、誰も刑事罰を受けなかったとされています。この点を検討してみましょう。

C男の行為について

報道では、C男には、前述の児童ポルノ禁止法違反が疑われたが、14歳未満であるため厳重注意にとどまったとされています。

実は、14歳未満の行いは「犯罪」ではないとするのが日本の法律です(刑法41条)。刑事責任能力、つまり自分の行為が正しいかどうかを判断して、それにしたがって行動する能力が未成熟なので、たとえ法律に違反していても、そもそも「犯罪」ではないのです。当然、刑事罰を科すことはできません。

犯罪ではないので、本来、警察は逮捕も捜査もできないはずです。しかし、たとえ犯罪ではなくとも、そのような行為に及んだ14歳未満を放置しておくべきではないことは言うまでもありません。そこで14歳未満の者であっても、刑罰法規に抵触した行為を行ったならば「触法少年」として、一定の法的な手続に乗せることができるとされています。それを定めたのが少年法です。

少年法では、警察は触法少年の調査(捜査)を行うことができます(少年法第6条の2)。その結果、少年の抵触した行為が、①故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪に触れるとき、②死刑又は無期若しくは短期2年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪に触れるとき、③家裁の少年審判に付することが適当と思料するときのいずれかの場合には、当該事件を児童相談所に送致しなくてはなりません(少年法6条の6)。

しかし、警察はC男の行為については、これらの要件を満たさないと判断して、児童相談所に送致せず、厳重注意で済ませたものと思われます。

仮に、上の要件を満たしていたならば、事件は児童相談所に送られ、同相談所でも調査を行い、少年の身柄を保護所に一時保護するなどの対応をします(児童福祉法第33条1項)。同相談所が家庭裁判所の審判を受けさせることが適当と判断すれば、少年を家庭裁判所に送致します(同法第27条1項4号)。これを受けた家庭裁判所の審判によって少年に保護処分を行う必要があると判断されれば、少年院送致などを含む保護処分がなされます(少年法第3条第2項)。

「触法少年が処罰されないのは、少年法に守られているから」と誤解する向きが多いですが、まったく逆です。刑法が「お咎めなし」としている触法少年にお灸を据えることができるのは少年法があるからです。ただC男の場合、その条件も満たしていなかったと判断されたのです。

その他の加害少年少女の行為について

報道では、A子、B男、D子、E子ら、その他のいじめグループのメンバーは警察が強要罪で調査しものの、証拠不十分で厳重注意処分となったとされています。

少なくとも、被害者の2学年上とされるA子は14歳以上で刑事責任能力はありますから、A子には強要罪などの「犯罪」が成立する可能性があったと思われます。

ただし、犯罪に該当しても、未成年者であることから、成人と同じ刑事手続を受けるのではなく、少年法に基づく少年事件として扱われます(この面では少年法は、少年の健全な育成という目的から、犯罪を犯した未成年者を守っていることは確かです)。これを「犯罪少年」と呼びます(少年法3条1項1号)。犯罪少年は家庭裁判所へ送致され、少年審判を受ける可能性があります。

ただ、犯罪の嫌疑を裏付けるに足りる証拠がなければ、警察も、そもそも「犯罪少年」と認定できませんから、家裁送致はできません。何故、証拠不十分と判断したのか、それが正しい判断だったのか否か、報道では不明です。

いじめ行為の刑事罰には時効があるのか?

本件のいじめ行為が犯罪だとした場合の公訴時効期間は次のとおりです。

  • 強要罪、児童ポルノ製造罪、児童ポルノ所持罪……3年(刑訴法250条2項6号)
  • 児童ポルノ陳列罪、自殺教唆罪……5年(刑訴法250条2項5号)
  • 傷害罪……7年(刑訴法250条2項4号)

なお、公訴時効は検察官が起訴して刑事裁判にかけるための条件ですので、少年事件として少年審判の対象とできるか否かとは別問題と主張する意見もありますが、実務では公訴時効期間が経過した場合、少年事件としても立件しない運用がとられています。

学校でおきるいじめ自殺で、遺族は泣き寝入りしかないのか?

上のように、仮に本件が、いじめが原因で自殺したケースであっても、加害者に刑事罰を与えられない場合は珍しくありません。

その原因には、①加害者が14歳未満で犯罪が成立しない場合があること、②14歳以上でも未成年のため、少年法によって成人と同じ刑事処分を受けることが例外的な取扱いとなること、③陰で行われるいじめ行為には証拠が残りにくく、残っていても発見が容易ではないこと等が挙げられます。

また、学校関係者が非協力的な態度をとり、いじめ事件を隠蔽しようとする傾向が指摘されており、それが証拠収集の困難性に拍車をかけていると言われています。その問題については別記事で説明することにします。

いずれにしても、刑事処分を期待できなければ、被害者側は民事賠償を求めて提訴し、民事裁判の中で事案が明らかになり、加害者側に金銭的ペナルティが科されることを目指すことになるでしょう。

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