旭川いじめ事件|遺族が加害者生徒に責任をとらせるには?

裁判所少年事件

中学2年生の命が失われた「旭川いじめ事件」。しかし、加害者と報道される生徒らは、いまだに何らの責任も問われていません。

もしも、本当に加害者であった場合、彼らに責任をとらせるために、被害者の遺族には何ができるでしょうか?

刑事訴訟 刑事責任の壁

加害者らにとらせるべき責任として、第一に考えられるのは「刑事責任」、すなわち懲役刑や罰金刑など、国家による刑罰です。

もしも加害者が成人だったら……

被害者に自慰行為の画像を送信させる行為や、その画像を拡散させる行為などは、いわゆる「児童ポルノ禁止法違反」の行為であり、仮にそれが真実だとしたら、成人の場合、犯罪として逮捕・勾留され、検察官に起訴されて刑事裁判にかけられます。これが刑事訴訟です。

他にも、公園や小学校のトイレで自慰行為を行わせる行為は刑法の「強要罪」に、川に飛び込み自殺をさせる行為は「自殺教唆罪」に該当する可能性があります。さらには、一連のいじめ行為で最終的に被害者にPTSDを発症させるのは「傷害罪」となる可能性もあるのです。いずれも真実であるならば、成人では犯罪です。

刑事責任の壁(その1) 刑事責任能力

しかし、加害者のうち14歳未満だった者は「刑事責任能力(刑法41条)」がなく、刑事責任を問うことはできません。厳しい対応をしても、せいぜい少年法上の「触法少年」として、家庭裁判所の少年審判を経て、少年院送致や保護観察などの保護処分を科せるにとどまります。

刑事責任の壁(その2) 少年法

また加害者のうち、14歳以上だった者には刑事責任能力がありますが、未成年者の健全な育成を図る少年法によって、大人と同様の刑事裁判にはかけられないのが原則で、やはり家庭裁判所の少年審判を経て保護処分ができるにとどまります。

いじめ事件に限らず、本件のような低年齢の加害者による事件は、刑法の責任能力規定と少年法の存在ゆえに、刑事責任を問うことは困難です。

民事訴訟 民事責任の壁

そこで遺族がなしうる残された手段は、加害者の「民事責任」を問うことです。損害賠償金を請求し、応じなければ民事訴訟を提起するのです。

不法行為制度による損害賠償請求

損害賠償請求の根拠となるのは、民法709条以下に定められた「不法行為」制度です。

これは、加害者が故意・過失によって、被害者の権利や法的保護に値する利益を侵害して損害を与えたときに、賠償金の支払いによって、その損害を加害者にも公平に負担させる制度です。

この不法行為が認められるためには、次の各要件が必要です。

  • ①加害者の故意・過失
  • ②加害者の民事責任能力
  • ③被害者の権利・法的利益の侵害
  • ④被害者の損害の発生
  • ⑤加害行為と損害の因果関係

加害者の民事責任を追及するときの壁

民事責任能力

上に述べたように、民事責任でも、加害者らの責任能力(民事責任能力)の有無が問題です(民法712条)。

民事責任の前提となる責任能力は、刑事責任のように画一的に14歳以上と決まっているのではなく、当該少年に、「自己の行為の責任を理解する知能」が実際に備わっているか否か、個別・具体的な判断を行います。

11歳から12歳程度が分かれ目ですが、同じ12歳でも、成長度により、責任能力が認められる子と認められない子が生じますし、是非の判断対象となる行為の内容にも左右されます。

加害者のうち、責任能力がなかったと判断される者には、損害賠償は請求できません。

過失

過失とは、損害の発生が予見可能だったのに、不注意で結果を発生させたことです。
多くの場合、加害者側は、いじめ行為から死亡という結果が生じるとは予見できなかったと主張して過失を争いますから、被害者は、その予見可能性を立証しなくてはなりません。事案によっては、かなり困難な課題です。

因果関係

加害行為と損害の間における原因・結果の関係が因果関係です。多くの場合、加害者は、いじめは自殺の原因ではないと主張するので、被害者は、いじめ行為こそが死の原因と立証しなくてはなりません。これもハードルが高い作業です。

加害者(子ども)の支払能力

加害者である子どもが、上の①から⑤の不法行為の要件を全部満たせば、損害を賠償する義務を負担しますが、当然、子どもには支払能力がありませんから、実際に賠償金を支払わせるのは不可能です。

そこで、両親など、加害者の保護者に民事責任を問う方策を考える必要があります。

親の民事責任を追及するときの壁

子どもの不法行為に対する民事責任を親などの監督責任者に追及するには、次の2つの方法があります。

(ⅰ)民法709条に基づき、親に一般の不法行為責任を問うこと
(ⅱ)民法714条に基づき、親に「責任無能力者の監督義務者の責任」を問うこと

(ⅰ)一般の不法行為責任について

子どもが加害行為に及ぶのは、親が期待される監督義務を尽くしていない場合が通例です。

そこで、親の監督義務違反と結果の間に直接の因果関係があり、不法行為一般の要件を全て満たすならば、監督義務違反それ自体が不法行為と評価できるので、民法709条に基づき、親への損害賠償請求が可能となります(※)。

※最高裁昭和49年3月22日判決
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/072/052072_hanrei.pdf

しかし、この場合、被害者が親の過失、監督義務違反と結果の因果関係など、不法行為の要件すべてを立証しなくてはなりません。

(ⅱ)責任無能力者の監督者の責任について

「責任無能力者の監督義務者の責任」(民法714条)は、子どもに責任能力はないが、その他の不法行為の要件は全部満たしているという場合に、親などの監督責任者に対する損害賠償請求を認める特別な制度です。

責任無能力者が他人に損害を与えるのは、監督者が期待されている監督義務を怠ったことに原因があることが通常です。そこで、本来は被害者が立証しなくてはならない(a)監督義務違反の事実と、(b)同義務違反と損害との因果関係につき、被害者の立証は不要とし、逆に監督義務者が(a)(b)の不存在を立証すれば免責されるとして、立証責任を転換して被害者保護を図ったものです。

親権者の監督義務は、広く日常生活一般に及んでいるので、これらの免責が認められるのは通常は困難とされています。

しかし、714条適用の前提となる、「子どもに責任能力を除く不法行為の要件すべてが備わっていること」は、被害者が立証しなくてはなりません。そこには、子どもの過失、いじめ行為と結果の因果関係も含まれますから、難しさという点では、子どもの責任を問う場合と同じです。

民事責任が認められた場合の責任内容

加害者や親に対する民事訴訟が成功し、被害者の死亡に対して賠償が認められる場合、いったいどの程度の金額となるのでしょう?

一般論として認められる損害内容は、主に①死亡慰謝料、②死亡逸失利益であり、その金額は交通死亡事故の基準を参考に決められます。

この基準では、①死亡慰謝料は2000~2500万円、②死亡逸失利益は8653万5433円(※)、合計1億円以上の賠償金額です(もちろん、これは一般論による試算です。被害者側の実際の損害額でも、被害者が請求している金額でもありません)。

※令和2年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・女子全労働者平均賃金381万9200円、ライプニッツ係数22.658として14歳女児の逸失利益を試算

現実に賠償金を支払わせることができるのか?

時効を阻止して、生涯払わせるには

仮に多額の賠償金が認められても、子どもは無論のこと、親が自宅を含む全財産を売り払っても賠償金には足りないのが普通でしょう。

もちろん、賠償金を1度に回収できない場合には、次のような方策で、相手が全額を払い終えるまで、生涯、請求を続けることができます。

  • 親の責任が認められた場合には、賠償額の満額に達するまで、親の収入を差押え続ける。
  • 子どもの責任が認められた場合には、子どもが大人になって収入を得るようになってから、その賠償額の満額に達するまで、子どもの収入を差押え続ける。
  • 親及び子どもの賠償義務は、判決確定から10年の消滅時効にかかるので(民法169条)、再提訴や強制執行を繰り返し、その度に時効を更新させ、賠償請求権の消滅時効完成を阻止し続ける(民法147条、148条)。

加害者側が自己破産で免責される場合も

ただし、加害者側が自己破産を選択し、損害賠償義務を免責される可能性があります。

破産法は、免責を受けられない「非免責債権」として、①破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権(破産法第253条1項2号)、②破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権(同条同項3号)を定めています。

ここに「悪意」とは「不正に他人を害する意思ないし積極的な害意」であり、単なる故意(事実の認識)を超えるものです。いじめ事件では、積極的に被害者を死なせようとまで意図していないのが通常ですから、「悪意」を認めるのは困難です。

他方、故意又は重大な過失(故意に匹敵するほどの著しい注意義務違反)については、いじめ事件でも事案に応じて、これに該当すると判断される場合もあり、ケースバイケースです。

遺族の思い

上に検討したのは、法律の制度上、いじめ事件の損害賠償責任を履行させられるかどうかという考察に過ぎません。

現実の遺族が、訴訟などの法的手続を選択するのは、金銭賠償よりも、「何が起きていたのか」、「何故、我が子が死ななくてはならなかったのか」、真実を明らかにしてほしいという気持ちからではないでしょうか。

前述のとおり、少年・少女が加害者となるいじめ事件では、刑法の刑事責任能力の規定、少年法の存在のため、公開の刑事裁判法廷が開かれ、真実の解明が行われる機会は、ほぼありません。

民事訴訟は、金銭トラブルなど、私人間の紛争を解決するシステムに過ぎず、刑事訴訟のような事案の真相解明を目的とした制度ではありませんから、民事の裁判に訴えても、加害者の対応によっては、遺族の思いが叶えられるとは限りません。

それでも、他に真実を知る手段がないとすれば、遺族としては、民事訴訟に賭けるしかないというのが実情ではないでしょうか。

いじめ裁判の難しさ

民事訴訟は事案の真相解明が目的ではない点の他に、刑事手続における警察・検察のような強制捜査権もないという大きな弱点があります。

証拠を捜索して押収する権限もなければ、加害者を取り調べる権限もありません。いじめ行為は、人の目に触れないように行われ、発覚すれば加害者は口裏を合わせ、証拠の隠滅を図ります。何の権限もない被害者側が、証拠を集め、真相を聞き出すことは至難の業と言わざる得ないのです。

旭川いじめ事件の教訓を、今後の「いじめ防止」に生かすには

旭川いじめ事件は、未だ調査の過程にあり、真相は不明であって、民事訴訟という方法が選択されるのかどうかもわかりません。まして事件の帰趨は遠い先と予想されます。

ただ、仮に民事訴訟が行われ、被害者が勝訴したとしても、亡くなった少女は戻りません。刑事にせよ、民事にせよ、裁判というものは、あくまでも「事後処理」に過ぎないのです。

事後処理とならないよう、いじめ自体を防止する手立てこそ重要です。そして、これまでの報道が事実と仮定したならば、この事件は、実は容易に防ぐことができた事案ではないかと思われます。

何故なら、いじめの被害者と加害者が知り合って、いじめが始まったと推測される2019年4月の段階で、既に母親はいじめを疑って担任教師に相談を開始し、以後も複数回、相談をしたと報道されているからです。

「いじめ防止対策推進法」では、いじめが、被害者の「生命又は身体に重大な危険を生じさせるおそれがあるもの」(同法1条)とし、「児童等は、いじめを行ってはならない」(同4条)と厳格に禁止したうえ、「教職員の責務」につき、次のとおり定めています。

「学校及び学校の教職員は(中略)保護者、地域住民(中略)その他の関係者との連携を図りつつ、学校全体でいじめの防止及び早期発見に取り組むとともに、当該学校に在籍する児童等がいじめを受けていると思われるときは、適切かつ迅速にこれに対処する責務を有する」(同法8条)

この、法律で規定するまでもない「教員の責務」が、母親からの相談を受けた段階で果たされていれば、以後の悲劇的な結末は避けられた、そう考えるのは、私だけではないはずです。

その意味で、この事件でも、加害者や親への民事訴訟だけでなく、学校の民事責任を問う民事訴訟によって学校と教員の責任を明らかにすることが、今後の同種事件の防止にとって、もっとも重要だと言えるでしょう。

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