池袋暴走事故の判決解説

交通事故

2021(令和3)年9月2日、東京地方裁判所は、2019(平成31)年4月19日に発生した、いわゆる「池袋暴走事故」の飯塚幸三被告人に対し、禁錮5年の判決を言い渡しました。その後の報道(※1)によると、同被告人・検察の双方とも、控訴期限の同年9月16日までに控訴せず、同判決は確定しました。

耳目を集めた事件は、禁錮5年の刑で決着がつきましたが、この刑には、罪のない母娘の命を奪った事件にしては軽すぎるのではないか?反対に過失犯に過ぎないのに過度に重いのではないか?様々な意見があります。

この記事では、禁錮5年が重いのか軽いのか?また、今回の判決はどのような理由で、この結論を導き出したのかにつき説明します。

なお、この記事は、同日発表された東京地裁の「判決要旨」(※2)の記載に基づきますので、実際の判決内容とは異なる可能性(※3)があるとお断りしておきます。

※1:NHK NEWS WEB「池袋暴走事故 被告側も検察も控訴せず 禁錮5年の実刑判決確定」(2021年9月17日 15時39分)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210917/k10013264011000.html

※2:ハフポスト「判決要旨全文 池袋暴走事故で被告に禁固5年。東京地裁判決」(2021年9月2日 23時1分)
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_613052eae4b0df9fe271d887

※3:「判決要旨」は、裁判所が司法記者クラブなどの報道機関の便宜を図るために、裁判の要旨を作成して交付する資料に過ぎず、実際の判決文そのものではありません。刑事事件の判決書は、判決宣告時点で作成されている必要はなく、通常は後日作成されます。

池袋暴走事故の事故内容

判決要旨から池袋暴走事故の概要をまとめておきます。

【被害者】

  • 合計11名(うち1名は、助手席に同乗していた被告人の妻)。
  • 2名(母娘)が死亡。
  • 9名が傷害。うち5名は重傷(被告人の妻を除く・後遺障害を有する被害者もあり)。

【裁判所の認定した過失内容】

ブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み込み、そのままアクセルペダルを踏み続けて進行した過失

【争点】

検察側主張……ブレーキとアクセルの踏み間違い

弁護側主張……踏み間違いはなく、ブレーキを踏んでいた。何らかの車両の故障が原因。

禁錮7年の求刑の意味と禁錮5年の判決の関係

本件での検察の求刑は、禁錮7年でした。

「求刑」は、検察が裁判所に求める量刑の「意見」に過ぎず、裁判所を拘束するものではありませんが、裁判所は求刑の7割(七掛け)から8割(八掛け)の刑期を宣告するのが事実上の慣行です。

7年(84ヶ月)の7割は58.8ヶ月≒4.9年、8割は67.2ヶ月≒5.6年ですから、今回の5年の判決は、求刑の七掛けという、「ごく普通の判決」でした。

過失運転致死傷罪の法定刑は、「7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金」
(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条)であり、求刑の7年という刑期は懲役刑・禁錮刑の上限です。

しかも、執行猶予をつけられるのは、宣告刑が3年以下の懲役・禁錮のときですから(刑法25条1項)、7年は、七掛けでも執行猶予はつかない刑期で、検察が実刑を求めた意思表示です。

求刑が禁錮刑なのは、過失は重大でも、いわば単純ミスであり、飲酒や無免許運転といった、ことさら悪質な態様ではない点に配慮したものでしょう。

もっとも禁錮と懲役は、刑務作業の有無に違いがありますが、高齢で体調の良好でない被告人が仮に懲役刑となっても、実際上、刑務作業は困難で、可能だとしても、せいぜい室内での内職的な作業程度でしょう。

したがって、本件では、懲役と禁錮は名目的な違いだけで、実質上は同じです。

禁錮5年とは、どの程度の刑なのか?

禁錮でも、懲役でも、5年が長いのかどうか?この点、関心は高いと思います。

そこでまず、法定刑が5年を上限とする犯罪の例と、5年を下限とする犯罪の例をピックアップしてみましょう。

法定刑からみる5年の刑:その1(5年を上限とする犯罪)

5年を上限とする犯罪の例

 罪名法定刑具体例
加重逃走罪(98条)3月以上5年以下の懲役刑務所の囚人が暴行をふるって逃走
アヘン煙吸食器具輸入等罪(137条)同上アヘン吸引器具を輸入、製造、販売
通貨偽造等準備罪

(153条)

同上偽札造りのために機械や原料を準備
公正証書原本不実記載等罪(157条)5年以下の懲役又は50万円以下の罰金公務員に虚偽の申立てをし、登記簿や戸籍に事実と異なる記載をさせた
私文書偽造等罪

(159条)

3月以上5年以下の懲役他人の権利義務に関する文書を偽造
賭博場開張等図利罪

(186条2項)

同上賭博場を開いて利益を図った
単純収賄罪(197条1項)5年以下の懲役公務員が、職務に関して賄賂を受け取った
同意堕胎致死傷罪

(213条)

3月以上5年以下の懲役同意を得て堕胎させて母子を死傷させた
保護責任者遺棄等罪

(218条)

同上老人、幼児、障害者など、保護を要する者を遺棄した
単純横領罪(252条)5年以下の懲役他人から預かった財産を自分のものにした

このように、5年を上限とする犯罪が多いのは、5年が比較的重い刑であることを意味すると言えましょう。

法定刑からみる5年の刑:その2(5年を下限とする犯罪)

5年を下限とする犯罪の例

罪名 法定刑具体例
現住建造物等放火罪

(108条)

死刑・無期、5年以上の懲役人の住居に放火
水道毒物等混入致死罪

(146条)

同上水道・水源に毒物を混入し、人を死亡させた
強制性交等罪(177条)5年以上の有期懲役暴行・脅迫を用いて性交をした
殺人罪(199条)死刑、無期懲役、5年以上の懲役人を殺した
強盗罪(236条)5年以上の有期懲役暴行・脅迫を用いて他人の財物を奪った。

5年を下限とする犯罪は、その内容からして、重大な被害を生じさせる危険が高く、強い禁圧が求められる種類の犯罪です。ここからも、5年は重い刑と言えると思います。

裁判例からみる5年の刑:その1(一般の犯罪との比較)

次に、実際の裁判例で5年の刑が宣告される割合は、どの程度なのでしょうか?

まず、交通事故に限らず、他の一般的な犯罪の例と比較してみましょう。次の表をご覧下さい。

【令和2年 懲役禁錮刑における刑期3年超5年以下の占める割合】

上の表のとおり、2020(令和2)年司法統計によれば、懲役・禁錮を宣告された者のうち3年超5年以下は、刑法犯全体では「6.8%」、特別法犯も含めると「4.51%」と少数です。

犯罪別では、殺人の11.54%、詐欺の11.32%、わいせつ・強制性交等の12.33%が目立ちました。詐欺罪の高率はオレオレ詐欺のためと思われますが、いずれにしても3年超5年以下の比率が高いのは悪質な犯罪です。

これに対し、過失運転致傷罪も含めた自動車運転死傷処罰法違反では、3年超5年以下の刑は、わずか0.92%と低く、100人にひとりもいません。

以上から、5年は他の犯罪と比較しても、かなり重い事案と言えるでしょう。

裁判例からみる5年の刑:その2(交通事故犯罪内での比較)

次に、同じ交通事故に関する犯罪と比較してみましょう。

犯罪白書(令和2年版)によると、2019(令和元)年、交通事故犯の第一審で懲役・禁錮を宣告された者の刑期内訳は次表のとおりです。

【令和元年 交通事故犯 懲役刑・禁錮刑の科刑状況】

刑期3年超5年以下の人数は、危険運転致死罪では58.33%と非常に高率です。

他方、過失運転致死罪では、わずか0.32%です。同罪では、刑期2年以上3年未満の執行猶予が25.08%、刑期1年以上2年未満の執行猶予が59.74%と、ほとんどが執行猶予付き判決です。

また、過失運転致死傷罪の中でもアルコールや無免許にからんだ悪質な事例は重く処罰されますが、それでも、3年超5年以下の人数は、わずか1.41%です。

ここからは、実際の裁判例においても、過失運転致死傷罪で刑期5年の判決が下ることは滅多になく、非常に希な重い刑であり、単純な過失犯でありながら、危険運転致死傷罪並の量刑とわかります。

判決の量刑事情を整理する

以上に説明したところから、5年という刑期は、法定刑から見ても、実際に宣告された裁判例から見ても、相当に重い刑だとわかります。

では、何故、このような重い刑罰となったのでしょうか?

その原因を探るため、まずは判決が指摘した量刑事情を、被告人に不利な事情と有利な事情に分けて整理してみます。

被告人に不利な事情

過失の重大性・アクセルとブレーキの的確な操作は、運転者の最も基本的な注意義務で、年齢にかかわらず要求される義務である

・約10秒間にもわたり、間違えてアクセルを踏み続けて、車を加速し続けた過失は重大

被害の甚大性合計11名の被害者。うち2名が死亡。5名は重傷。後遺障害が残った被害者も。
峻烈な処罰感情被告人が「事故に真摯に向き合っていない」こともあり、遺族には峻烈な処罰感情。傷害被害者の多くも厳しい処罰感情。
反省がない過失を否定する態度に終始し、事故に真摯に向き合い、深い反省の念はない

過失を否定する態度に終始し、事故に真摯に向き合い、深い反省の念はない

被告人に有利な事情

金銭的賠償・対人無制限の任意保険で傷害被害者のうち5名には賠償済み

・他の被害者・遺族も、いずれ適正額の賠償が見込まれる

運転免許の取消処分運転免許の取消処分を受けている
高齢と体調不良
苛烈な社会的制裁広く報道され、社会から厳しい非難にさらされたばかりか、脅迫状が届けられたり自宅付近でいわゆる街宣活動がされたりするなどの苛烈な社会的制裁が加えられ、外出ができなくなるなどの社会生活上の不利益
運転行為の非悪質性酒気帯び運転等の悪質な運転行為に伴うものではない

各量刑事情の検討:その1(一般的に考慮されるもの)

判決が指摘した①~⑨までの量刑事情を検討しましょう。

まず、どのような交通事故事件でも考慮される一般的な事情を見てみます。

不利な事情のうち、①過失の重大性、②被害の甚大性は、その程度はさておき、どのような死傷事故においても量刑事情として重視されます。本件では、その深刻さは格別であり、重い刑を科す判断のベースとなったものと考えられます。

他方、有利な事情のうち、⑤被害に対する金銭賠償の有無は非常に重視される事項であり、任意保険のおかげとはいえ、本件でも、この点は有利な事情のメインとなっていると思われます。

これに対し、⑥免許取消は公安委員会による当然の処置で、あえて考慮する必要性は乏しいものです。⑨運転行為の非悪質性も、アルコールや無免許などの不利な事情がないにとどまり、積極的に有利な事情ではありません。

⑦高齢と体調不良は、高齢はともかく、判決要旨からは、体調不良の内容が不明なので、本件でどの程度、結論に影響を及ぼしたのかは不明ですが、このような事情が量刑上、考慮されることは格別珍しくはありません。

各量刑事情の検討:その2(本件に特異なもの)

本件の特殊性は、「反省がない」こと

他方、本件の量刑事情で特異なのは、③峻烈な処罰感情、④反省がない、⑧苛烈な社会的制裁です。

被害者側の処罰感情の強さや、失職その他の社会的制裁など、それ自体は、量刑事情として指摘される例は珍しくはありませんが、本件は、その程度・深刻さが尋常ではないこと、そして、その原因が、④反省がないという事情に起因している点に特殊性があります。

判決では、被告人が過失を認めず、車両故障が事故原因だと主張し続けた点が、事故に真摯に向き合っておらず、反省がないと評価されています。

「反省がない」とは、単なる否認ではない

ただ、検察官主張の犯罪事実の有無を争うことは被告人・弁護人の当然の権利ですから、犯罪事実を否認することが、全て直ちに不利な量刑事情となるとは限りません。

アクセルとわかっていながらペダルを踏み続けたのならば、故意による大量殺人罪ですから、アクセルを踏んだ認識がないのは当然であり、「アクセルを踏んだ記憶はない」「ブレーキペダルを踏んだ認識だった」から過失は否認するという姿勢にとどめておけば、「反省がない」とまでは評価されず、ここまで不利に扱われることはなかったと思われます。

明らかに無理のある弁護側、被告人の主張

ところが弁護人は、それを超えて、車両の故障・欠陥であると主張し、さらに被告人は暴走中に自分がブレーキペダルを踏んでいることを目視して確認したとまで供述しています。

しかし、どのような車両の故障・欠陥なのか、具体的な主張を一切していませんし、故障・欠陥を裏付ける証拠も提出できていません。

もちろん、弁護側は無罪を証明する責任はなく、検察官の主張に合理的な疑いを生じさせれば十分なのですが、「なんだかわからないけれど故障・欠陥があったはず」という主張をまともにとりあげる裁判官がいるはずはありません。

明らかに弁護人としても、「通るはずがない主張」であることはわかっていたと思われます。

また、暴走中に自分がブレーキペダルを踏んでいることを目視して確認したという被告人の供述にも、明らかに無理があったとされています。

判決では、この供述以外にも、運転状況に関する被告人の供述は、客観的な事実と整合していない点が多々あると指摘されていますから、全体として、被告人の記憶保持には問題があり、信用性が乏しかったのだと思われます。

否認は時間稼ぎのため?

このような弁護側の対応は、最高裁まで否認を続けて時間を稼ぎ、現実に収監されることだけは回避する戦略だったのではないかと指摘する声もあります。

もちろん一般的には、これも弁護士として当然に検討するべき戦略ですが、本件の対応が時間稼ぎのためという意見は明らかに間違いです。

というのは、仮に、この戦略でも、被告人には「踏み間違えた可能性がある」と謝罪させたうえで、弁護人として過失の事実を否認して上告審まで争い続ける選択肢をとれば良いだけだからです。

まして、ことさら被告人に「ブレーキペダルを踏んだことを確認した」とまで供述させる必要は、さらさらありません。

無理な主張を余儀なくされた本当の理由とは?

おそらく弁護人は被告人に対して、「アクセルを踏んでいた認識はなく、ブレーキを踏んだつもりだった」、「アクセルを踏んだ記憶はない」、「しかし、今から考えれば、これは自分の踏み間違いが原因だと思う」、「故に過失を認める」という、ごく普通の対応を強く勧めたはずです。

結果は重大ですが、過失の内容は単純であり、被告人の経歴や年齢からして、通常の対応をしていれば、執行猶予は十分期待できるはずだからです。

それにもかかわらず、過失を否認するだけでなく、車両の故障・欠陥であると、裏付けのない主張をせざるを得なかったとすれば、その理由はひとつしかありません。

それが被告人の強い意向であり、弁護人の説得にも耳を貸さなかったのではないかと推測されます。

被告人自身が過失を否認し、車両の故障・欠陥を主張するなら、弁護人も職務上の義務として、その線にそった主張をし、弁護活動を行わざるを得ません。弁護人としては、無理筋な主張を余儀なくされたのでしょう。

被告人が弁護人の説得に耳を貸さないため、弁護人が被告人の意向にしたがった無理な主張をせざるを得ない……このような事情は、毎日裁判をしている裁判官や検察官には、たとえ内部事情を知らされなくとも、手に取るようにわかります。もちろん、遺族や被害者の方々にも、伝えられたことでしょう。

謝罪の言葉は口にしていても、誰の目にも明らかであった、このような被告人の姿勢が、事故に「真摯に向き合っていない」と強く非難され、不利な量刑事情となったのです。

もしも、被告人が否認していなかったら?

事故当時、事故を止めようとしていた人間が1人います。他ならぬ被告人です。彼は自分がブレーキだと思い込んだペダルを必死に踏み続けて事故を避けようとしていたのです。

このように(ペダルを間違えた過失と招来した結果は重大ですが)、過失の態様自体に悪質と非難される要素は全くありません。

前述のとおり、「踏み間違えた記憶はないが、踏み間違えた可能性はある」と素直に認めれば、実刑を免れた可能性は高いと思われます。その意味で、被告人が不合理な否認に固執したのが実刑判決を受けた決定的な原因だったと筆者は考えます。

あったであろう弁護人や周囲からの説得に、被告人が耳を貸さなかった原因は何だったのでしょう?

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